The coolest insect
じゃーん!

この虫、なんで前足上げてるのか分からんけどかっこいい!
明らかにカゲロウさんですね。けどかなりの大きさがある。
前足が気になったからちょっと前足を触ってみましたが、すごく嫌がって飛んで行ってしまいました。
全然関係ないけど、今日はTA (Teaching Assistant)の話を書こうかな。
こないだインド人と中国人の知り合いといた時に大学院の話をしてたんだけど、その時に
TAの話になったんだす。
なんか二人とも大学院はアメリカ(片っぽはまだ在籍中)で、TAの経験を持ってるんですが
それが中々難しいという話です。実際授業を受けてる側だと普通そこまで気が至らない点なんだけど、学生が寝てしまわないような授業をするのはやはりけっこう工夫がいるらしい。例えば、パワーポイントを使わない、学生参加型の授業にする、とか。
その体験談を聞きながら、それ日本の教授たちに言って下さいよ・・・って思ってしまった。
先生方には悪いけど、日本で受けた授業の2/3はつまらなかった。
教える側は大抵の場合、一方的に講義をして学生が聞いてなくてもそれを気にかける様子がない。
自分が教えてる内容について熱意がなかったり、学生に理解してもらわなくても良いというスタンスだったり。実際熱意はあっても、結局は学生を巻き込まずに自己満足する人もいた。
教わる側にも問題はある。まず、授業が面白いか否か判断する程授業を聞いている人すらあまりいない。教える側が一方的に講義をして終わるため、常に受け身の状態でいても問題なく単位がとれてしまうからだ。
というわけで、実はどちらの立場の人間が悪い、とははっきり言えないのだ。というか、どちらも悪いのかも知れない。お互いの態度がお互いを悪い方向に導いているような感じがする。
アメリカではTAのように、身近に何かを人に教える機会がゴロゴロ転がっているためか、結構人に何かを教えるのが上手い人が日本に比べて多い気がする。別に、その教えているものそのものについてプロでなくても教える機会が持ててしまうのだ。日本だと人に教えるためには完全なプロでなくてはならない、というような概念があるが、ここではそうではない。プロの人はもちろんいるのだが、プロでなくても人を楽しませつつ何かを教えるのが上手い人が多い。
そして教わる側にやる気がない人が含まれていることが割と少ない。やる気のないものに時間やお金を費やすのはバカバカしい、というのが常識になっている。
つまりは需要と供給がしっかり満たされているということだろうか。日本では需要もなければ供給もないって感じなんでしょうか。
もちろんアメリカ型だとそれなりの短所もありますが。プロでない人からは、当然間違ったことを教わる確率は高くなる。姉さんもちょっとそれで苦労したことがある。
日本とアメリカ比べるのっておもろいな~


この虫、なんで前足上げてるのか分からんけどかっこいい!
明らかにカゲロウさんですね。けどかなりの大きさがある。
前足が気になったからちょっと前足を触ってみましたが、すごく嫌がって飛んで行ってしまいました。
全然関係ないけど、今日はTA (Teaching Assistant)の話を書こうかな。
こないだインド人と中国人の知り合いといた時に大学院の話をしてたんだけど、その時に
TAの話になったんだす。
なんか二人とも大学院はアメリカ(片っぽはまだ在籍中)で、TAの経験を持ってるんですが
それが中々難しいという話です。実際授業を受けてる側だと普通そこまで気が至らない点なんだけど、学生が寝てしまわないような授業をするのはやはりけっこう工夫がいるらしい。例えば、パワーポイントを使わない、学生参加型の授業にする、とか。
その体験談を聞きながら、それ日本の教授たちに言って下さいよ・・・って思ってしまった。
先生方には悪いけど、日本で受けた授業の2/3はつまらなかった。
教える側は大抵の場合、一方的に講義をして学生が聞いてなくてもそれを気にかける様子がない。
自分が教えてる内容について熱意がなかったり、学生に理解してもらわなくても良いというスタンスだったり。実際熱意はあっても、結局は学生を巻き込まずに自己満足する人もいた。
教わる側にも問題はある。まず、授業が面白いか否か判断する程授業を聞いている人すらあまりいない。教える側が一方的に講義をして終わるため、常に受け身の状態でいても問題なく単位がとれてしまうからだ。
というわけで、実はどちらの立場の人間が悪い、とははっきり言えないのだ。というか、どちらも悪いのかも知れない。お互いの態度がお互いを悪い方向に導いているような感じがする。
アメリカではTAのように、身近に何かを人に教える機会がゴロゴロ転がっているためか、結構人に何かを教えるのが上手い人が日本に比べて多い気がする。別に、その教えているものそのものについてプロでなくても教える機会が持ててしまうのだ。日本だと人に教えるためには完全なプロでなくてはならない、というような概念があるが、ここではそうではない。プロの人はもちろんいるのだが、プロでなくても人を楽しませつつ何かを教えるのが上手い人が多い。
そして教わる側にやる気がない人が含まれていることが割と少ない。やる気のないものに時間やお金を費やすのはバカバカしい、というのが常識になっている。
つまりは需要と供給がしっかり満たされているということだろうか。日本では需要もなければ供給もないって感じなんでしょうか。
もちろんアメリカ型だとそれなりの短所もありますが。プロでない人からは、当然間違ったことを教わる確率は高くなる。姉さんもちょっとそれで苦労したことがある。
日本とアメリカ比べるのっておもろいな~

ドア。
突然ですが、ドアの大切さについて説きたいと思います。
もうずいぶん前に、もしかしたら書いたかも知れませんが、
姉さんの部屋の玄関ドアはちゃんと閉まりません。
ていうか、見かけは閉まってるんですが、ドア枠に対してドアがずれてるんですよ・・・
よって、常に風がドアの周りから入ってくるわけです。これはポジティブに考えれば「風通しが良い」わけですが、ここに住んでる限りはネガティブな点ばかりが目立ちます。
冬寒い。
タバコとかマリワナの臭いが入ってくる
うるさい音が遮断されない(ドアだけの問題ではないが)
一番ビビったのは、廊下を水圧で掃除してるおじさんがいた時に(要するに水をすごい勢いで流して汚れを落としてる)、水がすんごい勢いで部屋の中に入ってきたことですね。しかも、「うおい!水入ってくるんだけど!」って言ったら、おじさんは「お前なぁ、あのkids (廊下を汚す男の子たち) さえいなければ俺だってこんなことしなくて済むんだよ・・・タオルでも敷いとけ!」って逆ギレされたんだよね。
というわけで、ドアはたぶんもともと出入り口から家の中が見えないようにって作られたのかも知れませんが(予想)、それ以上に果たさなければいけない役割は多いということですね。
キリギリス科の何かの幼虫。

おしゃれな色のバッタの幼虫。

こういう幼虫君たちが成虫になるのは、姉さんがアメリカを去った後ですね。
なんかアメリカにいると、人生なんとかなるよって良く言われるんだけど、なんとかなるんですかね。
なんかなんとかなる気もするけど、本当になんとかなるのかね。
うーん。
もうずいぶん前に、もしかしたら書いたかも知れませんが、
姉さんの部屋の玄関ドアはちゃんと閉まりません。
ていうか、見かけは閉まってるんですが、ドア枠に対してドアがずれてるんですよ・・・
よって、常に風がドアの周りから入ってくるわけです。これはポジティブに考えれば「風通しが良い」わけですが、ここに住んでる限りはネガティブな点ばかりが目立ちます。
冬寒い。
タバコとかマリワナの臭いが入ってくる
うるさい音が遮断されない(ドアだけの問題ではないが)
一番ビビったのは、廊下を水圧で掃除してるおじさんがいた時に(要するに水をすごい勢いで流して汚れを落としてる)、水がすんごい勢いで部屋の中に入ってきたことですね。しかも、「うおい!水入ってくるんだけど!」って言ったら、おじさんは「お前なぁ、あのkids (廊下を汚す男の子たち) さえいなければ俺だってこんなことしなくて済むんだよ・・・タオルでも敷いとけ!」って逆ギレされたんだよね。
というわけで、ドアはたぶんもともと出入り口から家の中が見えないようにって作られたのかも知れませんが(予想)、それ以上に果たさなければいけない役割は多いということですね。
キリギリス科の何かの幼虫。

おしゃれな色のバッタの幼虫。

こういう幼虫君たちが成虫になるのは、姉さんがアメリカを去った後ですね。
なんかアメリカにいると、人生なんとかなるよって良く言われるんだけど、なんとかなるんですかね。
なんかなんとかなる気もするけど、本当になんとかなるのかね。
うーん。
変なニュース
Yahoo.co.jpのニュースで変な記事を見つけた。
“若者撃退音”設置の公園に少年たむろ、トイレ壊される
という記事です。( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090624-00000056-yom-soci )
なんと、
「公園で深夜たむろする若者を“撃退”しようと、若年層にしか聞こえない高周波の不快音(モスキート音)を流している東京・足立区立北鹿浜公園で、女子トイレが壊されていた」そうです。
トイレが壊れたことはどうでもいいけど、
若年層にしか聞こえない高周波の不快音(モスキート音)て何だよ?!
そしてそのトイレは、若者の使用禁止なんですかね・・・
なんか変なニュース。このトイレが壊されたことがなぜかトップに出ていたことも不可解・・・
ニュースのトップに出なかった限り、姉さんはこんなトイレがあることなんて一生知らずに過ごすことになっていたでしょう。
極めつけは記事の一番最後の文。
同課は「壊されたのは残念だが、まだ、これで装置の効果がないとは言い切れない」としている
そうです。そこかよ!
まぁどうでも良いニュースですね。
University of W 大学院についての新たな情報を手に入れた。
なんと、プログラム側が出願希望者とfacultyとの接触を完全に断とうとしていて、興味のある研究室にメールすらできないことになっており、見学にいったかいってないかは選考そのものを左右しないようなシステムになっているようだ。ていうか見学したいといっても研究室ツアーはお断りらしい。そのポリシーがどこまで本当に実施されているかは不明だが、そんなところがあるとは知らんかった・・・できるだけ平等に出願者の選考を行おうという取り組みがあるのでしょう。インターナショナル生の倍率を計算したら4倍だった。

今日の写真はトンボ。お尻が平たくて、姉さんの趣味には合わない。
“若者撃退音”設置の公園に少年たむろ、トイレ壊される
という記事です。( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090624-00000056-yom-soci )
なんと、
「公園で深夜たむろする若者を“撃退”しようと、若年層にしか聞こえない高周波の不快音(モスキート音)を流している東京・足立区立北鹿浜公園で、女子トイレが壊されていた」そうです。
トイレが壊れたことはどうでもいいけど、
若年層にしか聞こえない高周波の不快音(モスキート音)て何だよ?!
そしてそのトイレは、若者の使用禁止なんですかね・・・
なんか変なニュース。このトイレが壊されたことがなぜかトップに出ていたことも不可解・・・
ニュースのトップに出なかった限り、姉さんはこんなトイレがあることなんて一生知らずに過ごすことになっていたでしょう。
極めつけは記事の一番最後の文。
同課は「壊されたのは残念だが、まだ、これで装置の効果がないとは言い切れない」としている
そうです。そこかよ!
まぁどうでも良いニュースですね。
University of W 大学院についての新たな情報を手に入れた。
なんと、プログラム側が出願希望者とfacultyとの接触を完全に断とうとしていて、興味のある研究室にメールすらできないことになっており、見学にいったかいってないかは選考そのものを左右しないようなシステムになっているようだ。ていうか見学したいといっても研究室ツアーはお断りらしい。そのポリシーがどこまで本当に実施されているかは不明だが、そんなところがあるとは知らんかった・・・できるだけ平等に出願者の選考を行おうという取り組みがあるのでしょう。インターナショナル生の倍率を計算したら4倍だった。

今日の写真はトンボ。お尻が平たくて、姉さんの趣味には合わない。
graduation
commencementが一昨日と昨日にわけてあったので、どさくさにまぎれて写真をとった。
みんなが噂のあの帽子をかぶって式場(野外)に入ってきたところ。

野外クラシック演奏。

昨日までそのせいか学生の父母・家族がかなり沢山キャンパスを歩いていた。
けど今日はすべてが終わったように静かだ。これからsummer termが始まるまでこんな感じらしい。

この辺は水辺が多いせいか、トンボさんが多い。これはイトトンボさん。
姉さんがジョギングにいくwillamette river沿いの草むらには、最近バッタとかキリギリスの赤ちゃんが沢山いるので姉さんにとっては天国です。とくにヒメギスの赤ちゃんがいるのがうれしい。夏の間滞在できないのがかなり残念だす。
でも最近UOに一年後に戻ろう計画が浮上中なので乞うご期待。
いつも計画通りに物事を終わらせられないけど、今日は日本に一足先に帰ってもらうモノを集める。
そういえば姉さんがアメリカまで持ってきて、あんま使わないで結局イギリス・ドイツの旅に連行した揚句イギリスの友人宅に忘れた電子辞書は、姉さんより一足先に日本の実家についたらしい。持ってこなくて良かった荷物No.1だった・・・
姉さんはいつも電子辞書をひいても単語が覚えられないうえ、授業中辞書を引くのもめんどくさくて結局人に聞いてすませてることのほうが多いです。
みんなが噂のあの帽子をかぶって式場(野外)に入ってきたところ。

野外クラシック演奏。

昨日までそのせいか学生の父母・家族がかなり沢山キャンパスを歩いていた。
けど今日はすべてが終わったように静かだ。これからsummer termが始まるまでこんな感じらしい。

この辺は水辺が多いせいか、トンボさんが多い。これはイトトンボさん。
姉さんがジョギングにいくwillamette river沿いの草むらには、最近バッタとかキリギリスの赤ちゃんが沢山いるので姉さんにとっては天国です。とくにヒメギスの赤ちゃんがいるのがうれしい。夏の間滞在できないのがかなり残念だす。
でも最近UOに一年後に戻ろう計画が浮上中なので乞うご期待。
いつも計画通りに物事を終わらせられないけど、今日は日本に一足先に帰ってもらうモノを集める。
そういえば姉さんがアメリカまで持ってきて、あんま使わないで結局イギリス・ドイツの旅に連行した揚句イギリスの友人宅に忘れた電子辞書は、姉さんより一足先に日本の実家についたらしい。持ってこなくて良かった荷物No.1だった・・・
姉さんはいつも電子辞書をひいても単語が覚えられないうえ、授業中辞書を引くのもめんどくさくて結局人に聞いてすませてることのほうが多いです。
"gai-jin"
今日の一番の収穫はトンボの写真が撮れたことです。

姉さんの図鑑によると種類はblue-eyed darner。トンボの季節だ!夏の間にもっとでかいトンボの写真も撮りたいです。
そういえば、アメリカに来てから結構沢山の日本人が"外人"って言葉をアメリカ人に対して使うので、友達には散々始めのころ注意しましたが・・・あの人たち、未だに使うのですよ、その単語。
って話をアメリカ人の友達にしたら「いや外人はそいつらだろ」って言ってましたがホントですよ。
あの人たちは自分が外国人だという意識が低すぎるのか?
でもあの人たち、アフリカ系とアジア系のことは"外人"って呼ばないんですよ、不思議なことに。
アフリカ系や中東系で肌の色が黒ければ、即"黒人"と呼び、アジア系は"中国人"とかSPECIFICな呼び方をしている気がします。
あの人たちは日本にいた時もその単語を同じ人たちに対して使っていたと思われる。というわけで、
外=外から入ってくる異質な + 人=人間
っていう定義ではないということが伺えます。
つまりは外人=日本人じゃない人-(アフリカ系で肌の色が自分と大幅に異なる人
+中東系で肌の色が自分と大幅に異なる人+他のアジアの国の黄色人種)
を指しているわけです。問題は見た目がすべて基準になっているという点です。
アメリカで"外人"って言葉をアメリカ人に向かって使うのはもちろん問題ですが、
日本も実は国際社会化しつつあります。日本に住む"外人"や"黒人"、その他アジア系の人たちが確実に増えてきているのです。彼らが日本の人たちと結婚して生まれる子どもたちは、見た目はあの人たちいわく"外人"や"黒人"でも、日本語を話し、日本の学校に通う、日本国籍をもつ日本人であることは結構多いです。
あの人たちはそれでも彼らを"外人"とかって呼ぶのでしょうか。
姉さんの祖父・祖母の世代が日本人以外と接するのに慣れていないがために、そういう変な枠をつくるのなら少しは(ほんの少しだけ)理解できますが、姉さんの世代が、しかも姉さんと共に海外生活している人たちが、頭の中にそういう枠を持っているのだということを感じると、痛いです。
こういう"外人"とかって言葉の一番いやな面は、悪い意味でのステレオタイプを作り出すところです。つまりは、見た目だけで判断して、実は多様なバックグラウンドやパーソナリティーを持つ人たちを一つの箱にいれてしまうわけです。確かに、その単語と一緒にくるステレオタイプが全くその人たちに当てはまらないわけではありません。当てはまってしまう人もいるのです。しかし物事はたいていそんなに単純ではないし、必ずステレオタイプに全く当てはまらない人々が結構います。
そういう人たちにまでレッテルを貼る力が言葉にはあります。
仮に故意にそういう単語をあの人たちが使っていなくても、それが後々他の人にそのステレオタイプ的なイメージを振りまくこともあるのです。
姉さんは昔からステレオタイプに当てはまるような人間ではありません。良い意味でも、悪い意味でもです。でもだからこそ、そうやって見た目(ちょっとトピックずれるけど性別とか)で判断されて勝手な間違ったイメージを持たれることに対して、かなりの抵抗があります。
たぶん"外人"とかっていう単語を使ってるあの人達はそんなに考えてないのでしょう。
でもちょっとは考えてみればいいのにな。
日本人って変なの、ってお話でした。

姉さんの図鑑によると種類はblue-eyed darner。トンボの季節だ!夏の間にもっとでかいトンボの写真も撮りたいです。
そういえば、アメリカに来てから結構沢山の日本人が"外人"って言葉をアメリカ人に対して使うので、友達には散々始めのころ注意しましたが・・・あの人たち、未だに使うのですよ、その単語。
って話をアメリカ人の友達にしたら「いや外人はそいつらだろ」って言ってましたがホントですよ。
あの人たちは自分が外国人だという意識が低すぎるのか?
でもあの人たち、アフリカ系とアジア系のことは"外人"って呼ばないんですよ、不思議なことに。
アフリカ系や中東系で肌の色が黒ければ、即"黒人"と呼び、アジア系は"中国人"とかSPECIFICな呼び方をしている気がします。
あの人たちは日本にいた時もその単語を同じ人たちに対して使っていたと思われる。というわけで、
外=外から入ってくる異質な + 人=人間
っていう定義ではないということが伺えます。
つまりは外人=日本人じゃない人-(アフリカ系で肌の色が自分と大幅に異なる人
+中東系で肌の色が自分と大幅に異なる人+他のアジアの国の黄色人種)
を指しているわけです。問題は見た目がすべて基準になっているという点です。
アメリカで"外人"って言葉をアメリカ人に向かって使うのはもちろん問題ですが、
日本も実は国際社会化しつつあります。日本に住む"外人"や"黒人"、その他アジア系の人たちが確実に増えてきているのです。彼らが日本の人たちと結婚して生まれる子どもたちは、見た目はあの人たちいわく"外人"や"黒人"でも、日本語を話し、日本の学校に通う、日本国籍をもつ日本人であることは結構多いです。
あの人たちはそれでも彼らを"外人"とかって呼ぶのでしょうか。
姉さんの祖父・祖母の世代が日本人以外と接するのに慣れていないがために、そういう変な枠をつくるのなら少しは(ほんの少しだけ)理解できますが、姉さんの世代が、しかも姉さんと共に海外生活している人たちが、頭の中にそういう枠を持っているのだということを感じると、痛いです。
こういう"外人"とかって言葉の一番いやな面は、悪い意味でのステレオタイプを作り出すところです。つまりは、見た目だけで判断して、実は多様なバックグラウンドやパーソナリティーを持つ人たちを一つの箱にいれてしまうわけです。確かに、その単語と一緒にくるステレオタイプが全くその人たちに当てはまらないわけではありません。当てはまってしまう人もいるのです。しかし物事はたいていそんなに単純ではないし、必ずステレオタイプに全く当てはまらない人々が結構います。
そういう人たちにまでレッテルを貼る力が言葉にはあります。
仮に故意にそういう単語をあの人たちが使っていなくても、それが後々他の人にそのステレオタイプ的なイメージを振りまくこともあるのです。
姉さんは昔からステレオタイプに当てはまるような人間ではありません。良い意味でも、悪い意味でもです。でもだからこそ、そうやって見た目(ちょっとトピックずれるけど性別とか)で判断されて勝手な間違ったイメージを持たれることに対して、かなりの抵抗があります。
たぶん"外人"とかっていう単語を使ってるあの人達はそんなに考えてないのでしょう。
でもちょっとは考えてみればいいのにな。
日本人って変なの、ってお話でした。
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